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吼える月
第36章 幻惑

「なんだか黒いものが蠢いて嫌な感じがするけれど、まさか、あの中にサクがいるというの?」

『邪なるものは、生きた人間を餌にする。我も感じられるくらいならば、それだけ魔がこぞって生餌を貪っているのだろう』

「助けにいきましょう!」

 ユウナは憤然と言った。

『しかし我には、力が……』

「ラックーちゃん。あたしは非力な姫だけれど、イタ公ちゃんはそんなあたしを信頼して、サクを助けろと玄武刀をくれたの。やれるやれないの問題じゃない。やらないといけないの」

『……っ』

 その双眸には迷いがなく。

「なによりあたしがサクを助けたい。助けられないなんて嫌よ! 絶対に、サクを死なせるものか!」

 その時、ユウナの耳にぶら下がっている耳飾りが青白く光ったのを、ラクダは見た。

 呼応するように刀も燐光を発している。

「助ける気がない臆病者は、そこで黙って見ているといい!」

 光に包まれ凜然とした美貌を際立たせるユウナは、片手で刀を掴んで持ち上げると、軽々と走った。

『……あんなに小さな体のどこに、緋陵の武神将のような力が……』

 驚きのあまり、鼻から鼻水を垂らしたラクダではあったが、慌てて「ばへぇぇぇぇ!」と鳴き、ユウナを追いかけて走った。
 



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