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吼える月
第36章 幻惑
 
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 沈む。
 沈む。

 サクは、漆黒の水の中に沈んでいた。

 体の穴という穴から内に入り込む闇はサクの体内を侵蝕し、激痛を伴って外に出ると、それは外の闇に溶けて濃度を高め、またサクの体内に入る。

 闇の循環。
 闇の連鎖。

 どこまでも純度の高い闇に、サクの体は作り替えられていく。

 守るべき愛おしい姫は、他の男の腕の中に。

 いらないのだと言われた瞬間、サクは存在意義を虚無に還した。

 最強の武神将であった父や、うざったくなるほど愛情を注いだ母を死なせても、それでも愛するユウナを守るために、玄武の認可で父の後を継いだというのに。

――サクはいらない。

 もう、出る涙も涸れ果てた。
 声も喉奥から出てこない。

 体も思考も、闇に溶けた。

 ただ――、 闇が内と外を行き来するこの痛みだけが、己の存在証明。

 すべてはなくなり、痛みしか残されていなかった。

 手を伸ばして、思いきり手を伸ばして――その手を掴もうとすれば、振り払う非情な姫。

 こんなに狂おしいほど愛しているというのに、この愛が伝わらない。

 彼女が求めるのは、同じ銀の髪をした幼馴染みだけ。

 昔も今も、いかに自分が彼女の近くにいても。

 体の感覚は失ったのに、なぜこの苦しさだけが残っている?
 せめてこの苦痛だけでも忘れられれば、喪失することが出来れば、この痛みも少しは軽くなれるのに。

 闇がごぼこぼと勢いを強めて、サクの体内に入ってくる。
 より深い闇に、サクは汚染されていく――。
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