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吼える月
第36章 幻惑
 
――コレハコレハ、タベゴロダ。

 それは誰の声なのか。

 その声は闇を震わせ、まるで闇そのもののようなおぞましい声。

 体が、その声に反応して痛みが強くなる。
 だが悲鳴すら失ったサクは、痛みに苦しみもがくことしか出来ない。

――ウラムナラ、オマエヲウラギッタモノヲウラメ。

 風が吹いた瞬間、少しだけ痛みが和らいだ。

――コノオトコハ、ナンジノモノデハアラヌ。シリゾケ。

 野犬の遠吠えのような声がした後、割り込んできた低い声は、忌まわしくも、どこか懐かしく。

――イナ!

 またもや痛みが強まる。

――ワレノシルシガミエヌノカ!

 今度は痛みが少し薄れて。

――ケイヤクハマダスイコウサレテオラヌ! ワレハコントン。ゲンブナドニオサエラレル、オマエトハチガウ!

 憤る声に、激痛が走った。

――シンジュウノチカラモツモノヲクライ、シシンジュウノフウインヲトイテ、ワレラノセカイニモドルノダ! オマエノヨウニ、ケイヤクデクラウダケノオロカモノデハアラヌ!

――フン! ドウヤッテモドルトイウノダ。ミチハトザサレテイルトイウニ。

――ジョウガノハコデ、ナカマノイルマカイノモンヲヒラク!

 交互の二種の声は痛みの波となり、サクを襲う。

――サイドイウ。コノオトコハ、ワレノモノダ。コロサレタクナケレバ、デテイケ!

――ココハワレノリョウイキゾ!

――ナンジニワタサヌ!

 喧噪が、やがてくちゃくちゃとなにかを食むような音に変わると、ひとつとなった声がサクに語りかける。

――ケイヤクヲスイコウセヨ。ワレニソノイノチヲササゲヨ。

 残ったのは、痛みを和らげる方の声だった。

 だがそれは癒やしではなく、痛み方の種が変化しただけで、今度はじくじくと、膿んだような全身の痛みにサクは悶える。
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