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吼える月
第36章 幻惑

「なんか腹立つ。とっても腹立つ。ちょっとは察しなさいよ!」

「なにをですか?」

「~~っ!!」

 恋を自覚した途端、すべてがもどかしく思えて。

 もっとサクに優しくして、もっとサクと触れあいながら、劇的に再会を喜びたいのに、出るのはなぜか可愛くない言葉ばかり。

 嫌われたくないのに。
 女として見て貰いたいのに。

「姫様、ご立腹中大変申し訳ないんですが、ひとつだけいいですか?」

「なに!?」

 ぶっきらぼうにユウナが返すと、サクの両手が華奢な体に巻き付き、ユウナはサクの体にすっぽりと包まれていた。

「な……っ」

「助けてくれてありがとうございます」

「どういたしまして!」

 今まで抱きしめられたことも、それ以上のこともされた。

 それでもサクからの抱擁に緊張した体は硬直し、だけどそれを拒絶だと思われたくなくて、ユウナは精一杯の勇気を振り絞って、サクの胸に頬を寄せ、サクを強く抱きしめ返す。

 そんなユウナにふっと笑ったサクは、ユウナの耳元に形よい唇を近づけさせて、静かに囁く。

「本当にありがとう。……ユウナ」

 不意に耳打ちされた自分の名前に、ユウナの顔がぼっと沸騰する。

「……俺、お前の傍で生きてぇ」

 震えるようなその声に、ユウナの恋心が破裂しそうなほどに膨れあがる。

「お前を誰にも、渡したくねぇ。……お前の中のリュカにも」

 頭を撫でられ、ぎゅっと強く抱きしめられて。

 一杯一杯のユウナはくらくらして倒れそうになったが、それでも必死に踏みとどまる。

 やはり、今言いたい。

 サクが好きだと。

 だから、ずっと自分の傍にいて欲しいと。
 だから、ずっとサクの傍で生きたいと。

 焦るユウナは、サクの熱い眼差しをまっすぐに見て言う。


「サ、サク。あたしね」


 サクの揺れる黒い瞳を見ながら、ユウナの心臓は早鐘を打つ。


「あたし――」



『ぶへっくしょおおおん!!』


 どばっと降ってきたのは、粘り気がある汚い水。


「……」

「……」


 お約束の展開にふたりは黙って顔を見合わせ、そしてからからと笑った後に、ラクダに八つ当たりしにいくのだった。


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