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吼える月
第36章 幻惑
 
「四凶?」

『然り。‎渾沌(こんとん) 、饕餮(とうてつ) 、 ‎窮奇(きゅうき)、檮杌(とうこつ)の四獣。我らと対をなすと考えればよい。元々この大陸には、四凶が暴虐の限りを尽くしておったのを、女神ジョウガと我らで浄化し、魔を封じた』

「ラックーちゃん、その話初めて聞いたわ。それって、各国の歴代の祠官や武神将は知っていたの?」

『さあ、どうかの。我らは四凶の話はあえて、口伝えをしておらぬはず。知っているのも極少数かと思うの。必要に応じての口伝だ』

「なぜ皆に口伝しない?」

『無闇に人間を怖がらすことはあるまい。我らは平和維持を任されているゆえ、魔が出ぬのなら余計な知識を与えなくともよい』

「でも実際、魔は餓鬼の姿で出た。赤い月夜の夜に。そのことは神獣として、なにかを先に知り、その力で防ぐことは出来なかったのか?」

 するとラクダはしゅんとする。

『我らはひとの世に関知は出来ぬ。そして我らは女神ジョウガに命じられたこと以外をしてはいけぬ。なにより我らには、ジョウガの力がある土地では、はっきりとした予知は出来ぬ。即ちなにかが起こるとわかっていても、その全体はわからぬばかりか、関知してはいけぬ』

「だからイタ公ちゃん、責任感じて無理をしてまで守ろうとしてくれているのね」

 ユウナはため息をつきながら、暖かい白イタチの体を撫でる。

「別に神獣のせいで起きたことでもないし、むしろ被害者なのに。いい迷惑であると思うわ」

『心優しき姫だ』

「あたしは事実を言ったまでよ。人間の方が、星見によって具体的な未来を語られていたのに、未来を変えることが出来なかった。それが口惜しい」

 ユウナの顔は、かつて凌辱されて自暴自棄だった頃のものとは違った。
 それを見るサクは、嬉しくも……寂しくもある。

 あの頃のようにユウナが感情をぶつけて縋りつく先は、自分だけではなくなってしまったのだ。

 それでも――。

――サクはあたしのものなの。あたし、サクを手放さないわ、この先も絶対!

 サクは袖から見える、黒い印を眺める。

 あとどれくらい、抑えていられるのだろう。

 あの赤き月夜に助けてくれたのが、神獣が封印した四凶だというのなら、神獣の均衡がぐらついている今、段々とその力は大きくなるだろう。

 得体の知れない存在に、ぞくりとしたものをサクは感じた。
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