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吼える月
第37章 鏡呪
 
――姫様。

 嫌だ。

――姫様。

 絶対、サクを死なせるものか。
 
 どうすればいい?
 どうすればサクを助けられる?

 武力でも敵わない。
 神獣の力も駄目だ。

 その状況で、どうすればいい?

 強く歯軋りをしたユウナの口には、鉄の味が広がった。

「……ふふ。勇猛な女は嫌いではない」

 くつくつと笑ったのはヨンガだ。
 どことなく色香に満ちた妖しげなものが目によぎる。

 ヨンガがユウナに目を向けた隙を突き、体勢を立て直していたシバが、反撃をしようとした。

 だがシバは、振り返りもしないヨンガの片手でいとも簡単に首を掴まれ、巨躯を高く持ち上げられる。

 体格をものともしない、圧倒的な力の差だった。

「シバを殺さないで!!」

 びりびりと場を震わせるようなユウナの声に、サクの母親と酷似した顔を持つ女は、にたりと笑う。

「気に入った。助けてやってもよい。……お前の名は?」

「あなたに名乗る名などないわ」

「ほう? ではこやつに聞くか。……答えられたら、だが」

 ぎりぎりと、片手で首をしめつけられるシバ。
 ミシッと嫌な音がして、最早意識がないシバの口から血が流れる。

「ユウナよ! あたしはユウナ」

 ユウナは吐き捨てるようにして言う。

「ほう、ユウナ……。もしや黒陵の姫か。舞の名手と名高いあの美姫か。美しい黒髪だと聞いていたが、これはまた穢れたものよ」

「名乗ったのだから、シバを離して!」

「……私に命令するのか?」

 ヨンガの声音が低くなる。

 ユウナは抗したい気持ちをぐっと堪えると、両膝を地面につき両手を添え、頭を下げて言う。

「神獣玄武が守護する黒陵国祠官のひとり娘、ユウナ。朱雀の武神将ヨンガ殿に謹んでお願い奉ります。どうぞ、その慈悲の心にて、青龍の武神将たるシバ=チンロンと、我が……」

 声が涙で震えるが、それを呑み込んでユウナは続けた。

「我が……玄武の武神将たるサク=シェンウの命をお助け下さい」

 屈辱だ。

「そのためなら、なんでもします」

 サクやシバを殺そうとしている相手に、命乞いをするなど。

 それでも一縷の望みにかけて。
 今なら手当すれば、サクはまだ息を吹き返すと、信じて。

 早く。
 一刻も早く、サクを助けなければ。
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