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吼える月
第16章 船上 ~第2部 青龍の章~ 
  

 そのサクが、男らしく成長した姿にて殊勝なる態度で言う。


「俺が黒陵の武官になったのは、姫様が大切にしているものを護りたいからです。しかし俺は護れなかった。だから今度は、武神将として……その力で姫様が笑顔でいられるようにお守りしたい。願うのは、ただそれだけ」


 なにひとつ、昔と変わらぬ心を。


「あたしは、サクにあげられるものがないのが嫌なの」

「姫様が俺の傍にいて下さればそれでいい」


 穏やかに、サクは微笑んだ。


「それだけではあたしが嫌だわ。サクは最強の名を継ぐ者。ハンの名声を受け継ぐ者。それ以上に表舞台で活躍できる人材だとあたしは思っている。あたしに付き合わせて、一生日陰でサクを燻らせるのならあたし――」


 それは衝動的な言葉だった。



「あたしが早々に、サクを太陽のもとに連れて行く。

サクに見合うだけの、国を統べる立場になって」


 潔い声音が部屋に響く。


 サクの目が開かれ、それ以上にユウナの目が見開いた。


「あ、あたし……」


 かくかくと、ユウナの膝が震えた。


「あたし、なに大それたことを……」


 それでも、なにかが弾けたような衝撃があったのは確かだった。

 不透明な未来に、一筋の光が差し込んだような……まるで啓示をうけたような奇妙な感覚があった。


 サクは笑い出さなかった。

 それどころか神妙な顔で目を伏せると、やがて愉快そうに口元で笑い、


「姫様は強くなりたいと言った。皆を守りたいと言った。それは、今の……逃げている状態ではできません。守るということは、立ち向かえるほどの強い力を持たねば。……リュカやゲイにに対抗できる場を固めねば」

 その目に不敵な光を宿させた。


「では、黒崙の民を従わせたくらいの貫禄で、俺と共に再び光の下に還りましょう。今度は正当なる血統の、黒陵の祠官として。俺は、どこまでも姫様に着いていきますから」


 "祠官"

 当然のように受け入れているサクに驚き、ユウナの方が慌てふためいた。
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