この作品は18歳未満閲覧禁止です

- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
天使の恋 〜凛花〜
第1章 はじまり
彼が初めて店に来たのは、とても寒い日だった。
東京に近い、小さな町の小さなキャバクラ「Angel」。
夢を追う、というほどたいそうなものではないけれど、上京して舞台美術の仕事に就いて、でもそれじゃ少し生活が苦しくて、私は週末だけこの店に勤めていた。
もともと学生時代から水商売のバイト経験はあったし、人との距離の取り方がうまかった私は、すぐに店のナンバーになった。
水商売なんてそんなもんだ。美人とか男を騙すのが上手いとかで売れるのは本当にその才能が一流のコだけで、だいたいの場末のキャバクラでは、落とせそうで落とせないような、微妙な距離感を保てる普通っぽいコが人気になる。
その日彼は、職人さんの団体で来店した。
「凛花、新規フリー。左端の人社長さんらしいから、よろしくね」
店長に耳打ちされて送り出される。
「輩」と言って作業着系のお客さんを嫌うコも多いけど、私は割と嫌いではない。若い時から働いてるからか年齢の割に大人で話しやすいし、「ものを作る」人は尊敬している。
「社長さん」は、社長にしてはずいぶん若い。
「初めまして、凛花です。」
と笑顔を作って話しかけるけど、
「…」
まったくもっての無反応。
「もしもーし?意識ありますか?お名前言えますかー?」
と救急隊員風におどけて聞くと、
「ん…たくや」
と不機嫌そうに上着の襟に顔を埋めて答える。
「どんな漢字?」
「てへんにいし…」
「素敵な名前ですね。切り拓く、の拓だ」
そう私が言うと、ちらりと目だけでこちらを見る。
「…えと、今日は何軒目ですか?」
「1軒目…さっき仕事終わって合流して…」
って、言いながらとろんとなってるし。
疲れてるんだなぁ…。
金曜の深夜が1軒目というんだから、相当忙しかったんだろう。
ボーイの子に温かいおしぼりを頼んで、首の後ろに置いてあげると、力尽きたようにコトンと眠り出す。
と同時に、手をふいに握られた。
びっくりした。
お客さんに手を握られるなんて珍しいことじゃないけど。
あまりに突然だったのと、なによりすごく強い力だったから。
動揺を隠してもう一方の手を添えてそっと握り返すと、彼は力を緩めて今度こそ安心したように眠り出した。
あーあ。やることなくなっちゃった。
でも、なんて安らかな寝顔。
年上だろうけど、なんだか赤ん坊みたいだ。
東京に近い、小さな町の小さなキャバクラ「Angel」。
夢を追う、というほどたいそうなものではないけれど、上京して舞台美術の仕事に就いて、でもそれじゃ少し生活が苦しくて、私は週末だけこの店に勤めていた。
もともと学生時代から水商売のバイト経験はあったし、人との距離の取り方がうまかった私は、すぐに店のナンバーになった。
水商売なんてそんなもんだ。美人とか男を騙すのが上手いとかで売れるのは本当にその才能が一流のコだけで、だいたいの場末のキャバクラでは、落とせそうで落とせないような、微妙な距離感を保てる普通っぽいコが人気になる。
その日彼は、職人さんの団体で来店した。
「凛花、新規フリー。左端の人社長さんらしいから、よろしくね」
店長に耳打ちされて送り出される。
「輩」と言って作業着系のお客さんを嫌うコも多いけど、私は割と嫌いではない。若い時から働いてるからか年齢の割に大人で話しやすいし、「ものを作る」人は尊敬している。
「社長さん」は、社長にしてはずいぶん若い。
「初めまして、凛花です。」
と笑顔を作って話しかけるけど、
「…」
まったくもっての無反応。
「もしもーし?意識ありますか?お名前言えますかー?」
と救急隊員風におどけて聞くと、
「ん…たくや」
と不機嫌そうに上着の襟に顔を埋めて答える。
「どんな漢字?」
「てへんにいし…」
「素敵な名前ですね。切り拓く、の拓だ」
そう私が言うと、ちらりと目だけでこちらを見る。
「…えと、今日は何軒目ですか?」
「1軒目…さっき仕事終わって合流して…」
って、言いながらとろんとなってるし。
疲れてるんだなぁ…。
金曜の深夜が1軒目というんだから、相当忙しかったんだろう。
ボーイの子に温かいおしぼりを頼んで、首の後ろに置いてあげると、力尽きたようにコトンと眠り出す。
と同時に、手をふいに握られた。
びっくりした。
お客さんに手を握られるなんて珍しいことじゃないけど。
あまりに突然だったのと、なによりすごく強い力だったから。
動揺を隠してもう一方の手を添えてそっと握り返すと、彼は力を緩めて今度こそ安心したように眠り出した。
あーあ。やることなくなっちゃった。
でも、なんて安らかな寝顔。
年上だろうけど、なんだか赤ん坊みたいだ。

作品検索
しおりをはさむ
姉妹サイトリンク 開く


