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あの店に彼がいるそうです
第9章 俺は戦力外ですか
 シャワーから出ると類沢が誰かと携帯で話していた。
「まだ確信はしていない段階で動くのは良くないと思うけど……いや、わかるよ。今がどういう時期かは。うん? ああ、その件も把握してるけどさ」
 タオルを肩にかけたままソファに座って髪を拭う。
 キッチンのカウンターにもたれかかった類沢が気づいて軽く手で会釈し寝室に向かう。
 聞かれたくない話かな。
 俺は頭を下げて息を吐いた。 
 ぽたりと胸元に雫が垂れる。
 それが体を伝っていき、臍のあたりで止まるのをなんとなく眺めた。
 誰と電話してるんだろ。
 チーフかな。
 雛谷さんにあの口調はないな。
 吟さんも違う。
 じゃあ、シエラの他の連中か。
 がしがしと乱雑にタオルを動かす。
 目に髪が入っても瞬きさえ忘れた。
 今がどういう時期かって、聖とか玲とかのことか。
 それとも秋倉真がまたなにかしているのか。
 まさか俺の話じゃないよな。
 河南が浮かぶ。
 そんなわけないか。
 だったら直接なにか言うだろうし。
 じゃあ……
「なんだよ」
 手をパタリと落としてうずくまる。
 すぐに足音がした。
「瑞希、出かけてくるから今日は店に一人で……寝てるの?」
「ぅあっ、はい? 起きてますよ!」
「ああ……そう? 多分僕も春哉も今日は遅れて行くから指名が入ったらヒカルたちにヘルプつかせて」
 派閥の幹部陣だ。
「わかりました。あの……なにかあったんですか」
 スーツじゃない服装で玄関に向かう背中に問いかける。
 類沢は髪をまとめながら振り向いた。
「別に瑞希が心配することじゃないよ」
 だったらなんでそんな深刻な顔をしてるんですか。
「昼食は外で取りなよ。なにもないからね」
「類沢さん」
 車のキーを指にかけ、今にも出ていきそうな空気の中で玄関に向かう。
「……ナニ?」
 急いでる時の、この中途半端な笑み。
 こっちがなんだか悪いみたいな気分に陥る。
 でも、俺は訊きたかった。

「俺は戦力外ですか」

 カラン。
 長い指が傾き、キーが落ちて跳ねた。
 蒼い眼が、俺だけを見てる。
 俺も、それだけを見返した。
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