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あの店に彼がいるそうです
第3章 体を売るなら僕に売れ
 それは錯覚だった。
 類沢は鏡子に近づき、優しく髪を梳く。
「……貴女に会いたい口実をわざわざ作って来たというのに、つれないですね」
「あら……」
 俺は口を真一文字に結ぶ。
 でなければ叫びそうだったから。
 俺は餌ですか、と。
 白衣をなびかせ、悠が診察器具を持ってきた。
 妻が誘惑されてますよ。
 そう云いたくなる。
 だが、慣れているんだろう。
 なにせホストしか来ないのだ。
 何人もあしらって来たに違いない。
 鏡子をチラリと見て寒気がする。
 このチェリーボーイ。
 そんな声が聞こえたのだ。
「こっちだ」
 悠について行く。
 カーテンで仕切られた部屋を横切る。
「入院設備もあるんですか?」
「一応な」
 はわー、と息を漏らす。
「酷い時はナイフで刺された輩も来るからな」
「通り魔ですか?」
 立ち止まる。
 悠は眉をしかめて俺を見た。
「それ、素か?」
「はい?」
 なぜか、呆れられたようだ。
「苦労するぞ……」
「すみません」
 謝りたくなってしまう。
「喧嘩だ。いや、抗争だな」
「ヤクザに巻き込まれたんですか」
「ホストのだ」
 悠の声に苛立ちが混ざる。
「ホストの?」
「ったく。雅はもっと教育すべきだよ。そのうち知ることになるさ。ホストは縄張り争いで血を見るからな」
 ぞわり。
 あれ、寒気。
 後ろでは鏡子と類沢がまだ話していた。

 扉をくぐると、女性が座っていた。
 グラスを片手に、診察台に座って。
「あら? 家出少年でも匿うの?」
「患者だ」
 鏡子と違い、白衣ではない。
 白いネックに、毛皮のポンチョ。
 ピッチリとした黒ズボンが、妙に艶やかに見える。
 真珠のようなピアスがまた存在感を浮き立たせる。
「そう、この子がね」
「はじめまして」
 なんだろう。
 緊張する。
 普通の女性なのに。
 醸し出す雰囲気が並ならない。
 なんでだろう。
「傷は?」
 悠がガーゼとピンセットを用意する。
 ボタンを外し、上半身を見せる。
 女性が息を呑んだ。
「……黒痣になってんな。一番はその火傷か?」
「そうですね」
「結構殴られたな」
「いつっ……」
 触診にすら痛みが走る。
 悠は短髪をガシガシ掻いて、薬の瓶をいくつか取り出した。
「滲みるが、我慢しろ」
 頷いて、後悔した。

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