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贄姫
第1章 壱


「さ、わ、るな…」


半身を起こした周が
血まみれの手に呪符を握りしめていた。


「ほーう、まだ動けるか。
俺を呼び出しただけはあるな、お前」


「お前が、守護者になる、者か?」


周の問いかけに
男はたっぷりと時間をかけて考える。
というよりは、面白がっている風だ。


椿は、周が生きていたことに安堵し
力が抜けて涙が流れ出てきていた。


「…ふん。
召喚者よ、まず名乗れ」


「弦総(つるぶさ)、周だ…」


「よし。
俺は瓊乱。(からん)
この女を護る者として、この場に呼び出された」


2人の形式ばった会話についていけず
椿は様子をみやった。


「彼女を、護る、契約を行いたい」


周の声は途切れ途切れでどこまでも苦しそうだ。


「いいだろう。
女、贄姫、名を名乗れ」


名前を教えるとは、全てをさらけ出すこと。
名前は、生命としてこの世に誕生して
初めて与えられるアイデンティティであり
個体を識別する呪である。


名前を知ることは
その人を知ること。


名前を教えることは
その人を信頼すること。


椿は疑いの目を
上に乗っている不躾極まりない男に向ける。


「ほら、早く教えろ。
でなければ、あの術者も死ぬし
この家ごと潰れるぞ」


見ろよ、と男が指差す後ろに視線を向ければ
大量の妖が真っ黒な壁と化して
押しつぶさんばかりに迫ってきている。


それを、家にいた陰陽師たちが
必死に食い止めているが
圧倒的な数の差に、打ち勝つ術が見当たらない。


「あんたが、まず何者か教えて…」


「いやに冷静だな」


いいだろう、と男がにんまり笑う。
その間にも、血の臭いが部屋中に充満する。
妖たちの放つ負の気が
悪臭となって鼻を突いた。


「俺はとある山奥に封印されていた。
ざっと、一千年くらい。
その封印が弱まってきてた所で
ここに呼ばれたわけだ」


「…そんなすごい存在なわけ、あんた?」


当たり前だ、と妖艶に男は微笑んだ。


「私を、護れるの…?」


「条件が必要だがな」


「条件?」


瓊乱と名乗った男はさらににっこりと笑った。


「お前の身体と魂、死んだ時はその屍をいただく」
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