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星と僕たちのあいだに
第8章 セレンディピティー
 
条例があるとかで用紙に記名したのを麻衣は思い出した。
それを頼って、直樹の父親、滝沢直也は、管理事務所に礼状を持ちこんで転送を願い出たようだった。

親切でさえ勘違いされ、仇となって返る最近の風潮にあって、滝沢直也の気づかいにあふれた丁寧な返礼に麻衣は感銘をうけた。

――――(きちんとした人なのね)

ことさらハンサムというのでもなかったが、しっかりした眉の印象的な滝沢の顔つきが思い浮かんだ。
探し回った末に我が子を見つけた安堵の表情や、その後のきりっとした礼節ある態度は、他人に悪い印象を与えるものではなかった。

人は見かけによる、と麻衣は父に教えられてきた。
特に年齢を重ねると、人の顔にはその人間の持つ美醜(びしゅう)が如実にあらわれるものだと、悪事をはたらいた者の顔写真がニュース番組に映るたび、麻衣の父はそう言ったものだった。

最近になって麻衣も、父の言っていたことが少しわかるようになってきた。
整った顔立ちの中に、荒(すさ)みや卑俗(ひぞく)さをのぞかせる美女美男をこれまで何人か見てきたし、年上であっても、それゆえに中身の軽薄さが目つきや口元に浮かぶ人もいた。
ふとした拍子にそういったものを他人の顔に見つけるたび、自分の身なりを正したものだった。

麻衣は、渡瀬の顔が好きだ。
決して二枚目とはいえない、もっさりした縫いぐるみを思わせる渡瀬の顔から、悪辣なものが浮かび上がるのを見たことがない。
地味な面立ちなのに表情がコミカルで、パチパチとまばたきする小さな目も愛らしく、愚直な笑顔は三十前の成人男性とは思えないほど優しく崩れる。
争いごとからいちばん遠い、相手の闘争本能に水をさす顔だと思うのだ。
人間性もギラギラしたところがなく、大きな木を見るような植物的なやさしさと落ち着きにあふれている。
それが麻衣から見て、とても与(くみ)しやすい安心感をおぼえるのである。

渡瀬とは違うタイプだが、滝沢直也への印象に悪いものがないのは、若々しさからは少し距離をおいた風采が、家庭をもつ男独特の堅実さを感じさせるからだった。


 
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