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星と僕たちのあいだに
第9章 涙のゆくえ
 
病院からの帰り道、滝沢は初めて泣いた。
留美子が死んでからきょうまで懸命に踏みしめてきた自分の足跡が、砂漠の風紋に消えてゆくようだった。

理不尽な運命を恨むことも許されず、妻の死を悲しむ間もなく、父親としての役割を担うためにあらゆることを断念し、ある種の滑稽さをひしひしと感じながら、ただがむしゃらに前だけを向いて歩んだつもりだった。
それなのに、もう今にも逃げ出そうとしている自分が嫌になった。

やるせない無力感が滝沢をくじく。
直樹を抱いて駅へと向かう線路沿いの道で、レールをきしませて近づいてくる電車の音が耳に沁みる。
鋼鉄の悲鳴が自分の背骨を砕いていくような気がして、滝沢は目を閉じた。

留美子に会いたい、そう思った滝沢の中に、唐突にあきらめが誘いだされた。
もはや、今生(こんじょう)にいたたまれない。
少し強めに地面を蹴ればいい。
留美子に会える――――。

猛烈な熱さと凍えるような冷たさが全身に交錯し、首筋にじっとりと脂汗をかかせていた。
特急電車の地響きが靴底にふるえる。
警報機が真っ赤なランプを明滅させて、リズミカルに滝沢をよんでいた。
ほら、来い……さぁ、飛び込め……と。

体が踏み切りへ傾いたとき、小さな手が頬に触れた。

『パパ、すき』

滝沢の頬につたう涙を、直樹の小さな手がふいていた。
ほんの少しの小さな言葉。
けれども、胸苦しいまでの愛情にみちた言葉。
嘘をつくことも飾ることもできない息子のか細い声に、滝沢の縮みきった心が叩き起こされた。

何と愚かな父であったことか……。

滝沢は精一杯の力をこめて直樹を抱きしめた。

『パパも、直樹が大好きだよ。
 さぁ、帰ろう』

地べたに落とした直樹の手さげを拾い上げた。

この子をとことん愛そう――――。
親の責任によってではなく、親の愛で慈しみ、大切に育てよう。
この子の成長を楽しみに生きていこう。
直樹は俺の子だ。他に何もいらない。

轟音をたてて特急電車が通過する。
巻き上がる強い風におされて、滝沢は足の裏に力をこめた。


 
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