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星と僕たちのあいだに
第10章 揺らぐ鬼火
 
低温サウナ室に先客はなく、二人で上段に腰をおろした。
さっき佐和が口走ったことの先に何があるのか、こちらから訊(たず)ねるのが礼儀だろうと、早苗は、佐和の横顔を上目に覗きこんだ。

『結婚なさってたんですね。
 続きを聞かせてくれませんか?』

佐和は小首をかしげて微笑み、愚痴っぽくなるかもしれないけど、と前置きして話しはじめた。

『恵まれた結婚だったわ。
 夫は誰もが知る企業家の長男で、
 みそめられて一緒になったの。
 優しい夫に愛されて、
 慣れない家事も楽しくて、
 なに不自由ない生活だった。 

 でもね、
 夜がどうしてもダメになってしまったの。
 夫は薄明かりで私を抱こうとするんだけど、
 私は暗闇でないとダメだった。
 乱暴でも尊大でもないのに、
 自分を抱くのが夫だと思うと、
 無意識に拒絶してしまうようになったの。

 忘れられない男っているでしょう?
 夫と出会う前に破綻した恋愛があったのよ。
 命を投げ出せるような、そんな恋愛。
 私、大学時代に駆け落ちしたのよ。
 バカでしょう?
 すぐに探し出されて別れさせられたわ』

静かに笑う佐和を、早苗はじっと見つめて話を聞いていた。
早苗は汗ばんでいたが、佐和の体は乾いたままだった。



 
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