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星と僕たちのあいだに
第10章 揺らぐ鬼火
 

『白石君への想いが、
 並木さんのシンガポール行きを許してないのね』

そう言ったあと佐和はしばらく考えて、グラスの冷酒をくいっと飲み干すと、主人に会釈した。
突然佐和がバッグから長財布を出すのをみて、早苗が大慌てでトートバッグに手を入れると、佐和はそれを制し、クレジットカードで手早く清算を済ませてにこりと笑った。

『ねぇ並木さん、
 バッと汗かきに行きましょうよ』

佐和は、ぽかんと口をあける早苗の手を引いて店を出、本通りを駅に向って歩き、幹線道路の歩行者信号が青に変わるの待った。
日が落ちても外の気温はまだまだ高く、街路樹の蝉がジャァジャァとけたたましい。

『私、人妻だったことがあるのよ』

通りの向こうを見やったまま、独り言のように佐和が言った。

昼間よりもずいぶん耳につく歓楽街の喧騒が佐和の声を聞こえにくくしていて、早苗には「人妻だった」という部分がかろうじて聞き取れた。
こちらに視線をくれない佐和の様子からして、あまり歓迎できない出来事が彼女の過去にあったのだろうと、早苗は前後の言葉を想像した。

訊き直そうとしたとき信号が変わり、『行きましょ』と佐和が歩を進めたので、歩きながら聞くのも話させるのも佐和に対して失礼だと思い、黙って佐和と歩いた。

二人は信号を渡り、通り沿いにある女性専用のサウナ・スパに入った。
都心の地下深くに湧出した天然温泉は、高濃度で炭酸を含むシルクのような泉質に美肌効果があるとされ、女性からの評判が高かった。

更衣室では早苗が着衣を外すたび、ことごとく男を手玉に取るであろう、野生の若い獣のようなオーラを放つ痩身に、他の女性客の視線が否応なくあてられた。
その視線の多くは憧憬であったが、恰幅のよい中年女性の一団からは、嫉妬まじりの冷やかしの目が向けられた。

値踏みするように早苗の肉体を観察していた佐和の口からも感嘆の声がもれた。

『女を生きるのが楽しくなるカラダね。
 下着モデルにうってつけの体型だわ』

他者から注目されることに慣れている早苗は、周囲の視線を迷惑がることもなく、淡々と裸になるとバスタオルを体に巻いた。


 
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