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星と僕たちのあいだに
第10章 揺らぐ鬼火
 
突然、背後で滝沢が立ち上がる気配がして、麻衣は息をのみ、背筋を伸ばした。

『直樹をみててもらえますか。
 タバコ切らしてて……』

麻衣がうなずくと、滝沢は、カウンターの上の小銭入れをつかんで出ていった。
玄関のドアが閉まる音がして、麻衣はホッと息をついた。

――――(滝沢さん、タバコ吸うんだ)

麻衣はタバコの臭いが嫌いで、喫煙者に染みついたタバコ臭に敏感だったが、滝沢からそれを感じたこともなく、直樹と各部屋を見てまわったときも、どの部屋からもヤニ臭さを感じなかった。
ベランダを見まわしても灰皿やライターといった喫煙具は見当たらない。

おかしいなと考えるうちに麻衣は、それが滝沢の配慮であると気づいた。
おそらくあの人はふだんタバコなんて吸わない。
けれども私の気持ちを考えて、ひとりにしてくれたんだ……。

山手からの月影がベランダをいっそう暗くした。
麻衣は黙りこくったまま、水平線を境に黒の濃さが違って見える沖合いを見つめ、自問自答した。

滝沢はきちんと、私を好きだと言ってくれた。
私との間にある薄い膜を、堂々とした告白によって取り除いてくれた。
誠実な態度で私に向き合ってくれた滝沢に、私はきちんと答えなければならない。

私は滝沢が好きだ。
直樹が好きだ。
愛らしい魅力に満ちた幼い直樹を、しんからかわいく感じ、 深い愛情をもたずにいられない。
そんな、愛しくてなにものにも変えがたいものを、滝沢は私の人生に授けようとしてくれている。

けれども私が愛しているのは、他の誰よりも圭司なのだ。
誰にも渡したくはないし、独り占めにしていたい。
圭司に愛されるためなら、どんなことだってできる。
たったひとつのことを除けば……。


 
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