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月の吐息
第1章 三日月
6階に戻り、馴染みのウェイターに鍵を返す。

「お、うまく行きました?」
「どうかな。すげー照れくさかったけど、ちゃんと渡せた」
「ネックレス、でしたっけ?」
「うん。てか、失敗したら20年以上の関係がパーだぜ?」
「今日の感じを見る限り、大丈夫そうに見えましたけどね。ね? 国崎さん」

ウェイターがバーテンに顔を向けると、美月がイケメンと言っていたバーテンも顔を上げる。

「オーナーにかけあって鍵を借りたんですから、後で結果報告もお願いします」
「うーわ、マジか」
「そうっすよー、高松さん。常連さんの幸せは、俺達の幸せです」
「へいへい」


照れ隠しに後頭部をかきながらエレベータへ向かうと、ウェイターが見送りに着いてくる。


「明日から海外っすか。いいですねー」
「ミラノな。日本とは時差7時間」
「じゃあ、彼女の誕生日は、7時間、先取り?」
「や、逆。7時間遅れ。でもさ、あいつ、今日のピアノ、誕生日祝いって気付いてなかったっぽいんだよなー」


エレベータが到着した。
こんな時間だからか、新規の客は居ない。


「きっと気付きますよ。あ、じゃあ、その日は、Moon River弾いてもらえるように、詩織さんにお願いしときます。お二人が居なくても、うちも内緒でお祝いしときますんで。ゲン担ぎ」


乗り込む俺に、片手でドアを押さえながら黒服のウェイターがウィンクした。


「ははは、サンキュ。やー、今更ながら緊張してきたけど、ま、出張いってくるわ」
「お気をつけて。それじゃ、またのお越しをお待ちしております」


馴れ馴れしい口調も、最後だけはしっかりと丁寧に切り替えたウェイターに、俺も片手をあげてから、[閉]ボタンを押した。


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