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曖昧なままに
第15章 唯、興じて
「……!」

 俺の喉が思わず、ゴクリと唾を飲み下した。

 愛美はやや両脚を開き肩を怒らせて、俺に立ち向かう如き姿勢を取る。暗がりの中にあって、表情は見せず。小柄なその身体は先の言葉を利すると、異様なまでの迫力を放った。

 俺は愛美を抱く為に、此処に来ている。そして、彼女もそれは承知の上の筈。だが今の二人の間には、情事に至ろうという男女の雰囲気は一切ない。まるで果し合いに臨み、命のやり取りでもし兼ねない、そんな緊張感を孕む。

 それは「喰らう」という、言葉による処が大きい。何故、彼女は其処までの棘を以て、俺に相対そうとしているのか……。

 その過去の想いの中に、鮮烈に刻まれているであろう、柴崎という男の死。愛美はそれを、自らの罪であると思い込んでいる。それ故、何者にも救われることなく、今までもがき続けていた。

 俺は此処に至った自分の選択を、正しいだなんて思ってはいない。

 それどころか自分の気持ちの傾きに、逆らっているようにさえ感じてもいる。だが俺にはもう、顧みるつもりはなかった。この刹那の交叉に挑むことだけが、曖昧でない己の唯一の証であると信じている。

「愛美――」

 彼女に向かって、一歩を踏み出した俺。

「――!?」

 テリトリーを侵されまいとして、じりっと後ずさる愛美。

 まるで、総毛を逆立てる子猫のよう。俺を威圧する彼女の中に、そんな姿が垣間見えた気がした。

 そう……彼女はたぶん、本当は心より恐れている。そしてその恐れは、俺に抱かれることではなくて……。

「俺は――君に喰らわれたり、しないよ」

「――!」

 俺は彼女を迎えるように、両手を広げた。

「だから――おいで」

「……」

 愛美は俯いて、窄めた肩を小刻みにふるふると震わせている。

 それから、顔を上げ視線を重ねた時に――。

 彼女の表情から、張り詰めていた何かが――ふっと断たれてゆく。


 ――トン。


 愛美は凭れかかるようにして、俺の胸へそっと頭を置いた。

「洋人さんって、馬鹿なんですか。何故、私なんか……?」

 彼女は直前まで、俺を跳ねつけようとして。俺を巻き込むことを、恐れていたから……。

 だがもう、気にしなくてもいい。

「言った筈だよ。俺が愛美を抱きたい――と」

 俺は彼女の顎を掬うと、その唇にキスをした。
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