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曖昧なままに
第8章 相和する時
 三月某日――。

「あーあ……」

 俺はため息をつき、バスの車窓から渓谷の景色を眺めている。

 もちろん景色は美しく、そこに不満があった訳ではない。俺はドライバーの後ろの席に一人佇み、虚ろな視線を車内の後部へと送った。

 バスの中は鳴り響くカラオケとオヤジたちの笑い声で、飽和状態である。俺を憂鬱にさせる理由が、概ねそこに存在した。

 毎年恒例の社内行事である、一泊二日の慰安旅行。今まさに、俺はその最中に居た。

「ガッハハハ! オイ、幹事。酒が足りねえぞ!」

「ああ……はいはい」

 最後部のサロンシート。そのテーブル取り囲む、会社の重鎮たちから頻りにそんな声が飛ぶ。仕方なくそれに応じると、クーラーボックスの酒を見繕い、その都度俺はそれを届けていた。

「まだ昼過ぎなのに、良く飲むよ……」

 席に戻ると、自然と口をついた愚痴。それにしても彼らは、幹事を奴隷とでも勘違いしてはいまいか。行先を決め宿の手配をすれば、それで十分に役割を果たしている、と思うのだが……。

 やはり例年通り、この旅行はろくなものではない。

 只一点、例年とは異なること――というか、俺が個人的に意外に感じることがあった。それは旅行の参加者の中に、彼女の姿あったことである。

「もう……ちょっと、休憩」

 西河奈央はウンザリといった様子も顕わに、俺の横の席にドサッと腰を下ろした。

「そっちも、大変みたいだね」

「ええ。軽く監禁を受けた気分ですよ」

 彼女がそう言いたくなるのも、無理はなかった。早朝に出立して以来、奈央はサロンシートに於いて、会社のオヤジたちの酒の相手をさせられている。

 奈央が入社して数か月が経過した現在。若く美人でしかも色香を漂わせる彼女は、特に会社の年配者から絶大な人気を博しつつあった。

「だから事前に言ったのに。どうして、来たの?」

「だってぇ、入社したばかりですし、参加しないのもアレかなって。それと……」

「それと?」

 俺がそう訊き返すと、奈央はやや恨めしそうな顔で俺を睨む。

「な、何?」

「別に、何でも。中崎さんは、どうせそういう人ですし」

 と、奈央はプイとそっぽを向いた。

「俺が、どうかした?」

「もういいです。あーあ、やっぱキャンセルするんだった」

 俺、何かしたか? 何故か機嫌を損ねた奈央に、俺は些か困惑する。
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