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ただ一つの一対
第2章 少女は夢を見る
 






 海底まで深く沈んだ意識が、波打ち際まで引き上げられる。かつて吉澤美和子と呼ばれた女は、目覚めるなり血の気が引いた。

「わ、若!! 私、いつの間に……」

 約束も忘れ居眠りするなど、何をされても文句の言えない大失態である。だがテーブルに肘を付きながらタブレット端末を操作する菊は、顔を上げると淡々と語った。

「謝る必要はないですよ。菖蒲が、あなたを休ませてくれと頼んだんです。僕があなたを罰すれば、菖蒲の立場がなくなります」

「しかし……」

「僕に申し訳ないと思うなら、今日の昼食を一緒に食べてください。おそらくあの子はあなたの分も用意しているでしょうから、抜けられると取り分が増え……いえ、菖蒲が悲しむでしょう」

 キッチンの方から聞こえてくる、料理中とは思えない金属音。そして焦げた匂いに、菊は若干冷や汗をかいている。極道達を統べる若頭のたじろぐ姿に、片倉はつい口元が緩んでしまった。

「何を笑っているんですか、切実な問題なんですよ。菖蒲の作るものならなんでも受け入れたいとは思いますが、気持ちと体調は別物なんですよ」
 
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