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呟きたい
第29章 バレンタインデーは泣かない

「結局ハルの独り勝ちだったわね」

「ボクもあと少しだったんだけどなー」

「ねえ、蕗」

「なーに」

「ありがとね」

「なーにが」

「んー。なんだろうね」

「ボクからもありがと」

「なーにが? ふふ」

「チョコ美味しかった。たぶん今まで食べた何よりも」

「そう。よかったわ」

「本当に美味しかった」

「そう……」

「ボクね。今日ここに来る間考えてたんだ」

「なあに」

「あの夜のこと、姉さんはどうやって克服したんだろうって」

「突然ね」

「ボクはどうしても父さんのことを忘れられなかったから……」

「忘れてなんかいないわ。ずっとね」

「じゃあ、どうして姉さんは……」

「生きてられるの? って?」

「……ううん。なんかボク変だね」

「蕗がいたから」

「え?」

「あの夜蕗が、私のためにって言ってくれたから。それだけ」

「それだけ」

「そう。それだけ。チョコが美味しいっていうのと同じくらい確かで小さなこと。でも私にとっては縋れるくらいのことなの」

「姉さん。ホワイトデー、何欲しい?」

「蕗」

「あはははっ……それ以外」

「ないわ」

「姉さんはいつも即答だよね」

「迷いに利点はあるのかしら」

「わかんない」

「蕗」

「なーに」

「持って行って」

「……二つも用意してたんだ」

「食べて」

「ありがと」

「……好きよ、蕗」

「ボクもだよ。胡桃姉さん」

「ほら。時間でしょ」

「そうだね」

「食べたくなったらいつでも来て。いつでも」

「うん。そうする」

「今度はハルに勝てるわよ」

「直輝をもっかいボコボコにしに来るよ」

「ふふ。そうね」

「姉さん。ハッピーバレンタイン」

「ん。ハッピーバレンタイン」
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