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陽炎 ー第二夜ー
第3章 願わくば花の下にて
「何だか、気を遣わせたみたいだね。良かったの?」

「あぁ、本当に仕事だよ。料理屋やってっからな。そろそろ仕込みして、店開ける時間だ。」

「そうか。今は、あの子一人なの?それとも、まだお盛ん?」

「いや、あいつだけさ。顔に痘痕があったろ。
若ぇ頃に痘瘡を病んで、亭主に逃げられたんだと。
俺は痘痕なんて見えないし、気にしねぇって言ったんだ。あいつだけなんだよ。俺に縋ってくれたの。
あいつが縋ってくれたから、俺はまたてめぇの足で立とうって、決めた。今は兵衛と組んで、万屋やってんだ」

「よろずや?兵衛と一緒にいるの?」

「あぁ。住んでんのは別だけどな。あいつ小石川にいてさ。たまたま会って、一人じゃ何かと不便だし、やっぱり組もうって話になって。」

「よろずやって何してるの?」

「何でもさ。よろずお悩み事承りますってやつよ。
ま、適当だけどな。兵衛は主に人生相談だな。
あいつ足立たねえけど口は立つからよ。なんだかんだ言いくるめやがる。うまいもんだぜ。
俺は、失せ物当てと、ちょっとした手品みたいなもんだ。身体動く手下も二、三人居るから、必要な時はそいつら呼んで、子守したり逃げた猫探したり、小銭仕事ばっかだけど、なんだかんだ依頼はあんだぜ。
ま、ほとんどるいに養って貰ってっけど、小遣い銭くらいはな。」

「寂しいご婦人を慰めたり?」

ニヤけた口調で茶々を入れる八尋に鷺は苦笑した。

「さすがにそれはしてねぇよ。るいがいなきゃしたかもしれねぇけどな。…いや、あいつがいなきゃ、俺は働こうなんて考えもしなかった。
ずっとフラフラして、女に食わしてもらってたろうな。ま、今だって似たようなもんだけど、でも、少なくともあいつを泣かすようなことはしたくねぇ」

「鷺は…いい貌になったね。幸せそうだ。」

八尋の顔に、一瞬陰りがさした。
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