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陽炎 ー第二夜ー
第3章 願わくば花の下にて
命を救われ、残りの命を捧げようと心に決め、
実際そのように手足となって仕えた相手が、
一人足抜けを考え、それを知らされることもなくいたということが。

市九郎に捨てられたら、己の生きる意味など無くなるではないか。

市九郎にとって自分は、それ程に取るに足らぬ存在であったか。

あの時流した涙には。

市九郎の死を悼むものの他に、
市九郎の生き方さえも変えてしまう程の影響力を持ったサチに対する嫉妬、
何も知らせてくれなかった市九郎への恨み、
そして、そんなことを考えてしまう己への嫌悪。
そんな気持ちが入り混じった、複雑な思いがこもっていた。

市九郎に命を捧げ、ただその役に立ちたい一心で働いてきた。

それが不要になるのなら、その口から聞きたかった。

サチに心惹かれたのとは、違う次元で市九郎のことも慕い続けた。

ずっと、市九郎の死ぬ時は己の死ぬ時、と思ってきた。

その対象が亡くなり、共に死ぬ事も叶わず。

己のサチに対する想いに気付いていた鷺の一言によって、図らずもサチと添うこととなった。

己の生きる意味がまだあったと、
その時は嬉しく思った。

サチも、市九郎を亡くした喪失感からだろう、
己と生きることを承諾してくれた。

二人で、手に手を取って生きていける、
そう思ったのに……

あれから半年。

サチは、市九郎の夢ばかり見て、切なげにうなされ、
その身を濡らす。

八尋を男として見られない己に苛立ち、市九郎を忘れられぬ己を嫌悪し、涙する。

口にする言葉は、謝罪だけ…

サチの気持ちも判るから、責めようがない。

だが、サチの眼中に己がいないことが、寂しくないと言えばそれは嘘になる。

心が無理ならせめて身体だけでも、己のものにしてしまえたなら、ここまで苦しまずに済んだやも知れぬのに。

それが八尋には出来ない。

サチの側に居るのが辛い。

でも離れるのももっと心配で、離れることなど考えられない。

二つの相反する思いに、身が割かれる心地だった。



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