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陽炎 ー第二夜ー
第3章 願わくば花の下にて
子が生まれてしまえば、その子の親になることができる。
人の親になる事など望むべくもないこの身が、親になれる。
それは、望外の喜びであった。
だがそれまで…
この苦しい夜を幾度数えねばならぬのだろう。
己は、サチは、この重苦しさに果たして耐えられるのだろうか。

八尋は。
幼い頃から感情を抑え、モノとして人に使われてきた。旅芸人の一座で軽業を仕込まれ、昼は軽業師として。夜は男娼として、十の歳から男に抱かれ、昼も夜も、泣くことも許されなかった。
十二で身請けされ、去勢され、尚辱められ続けた。
人としての心を育める環境ではなかった。
十五で市九郎に出会い、初めて人としての暮らしと心を手に入れた。
今年で三十になる八尋は、仕事を通して大人になっていったが、心の一番中心の部分は幼い少年のままだった。
どうするべきか、判断がつかない。
誰かに頼りたい。
今までは市九郎という拠り所があった。
その拠り所を亡くし、更に守るべきものが出来た。

サチに、答えて欲しかった。
己がどうすればいいのかを。
サチは、どうして欲しいのかを。
誰かに縋らねば、壊れてしまいそうだった。



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