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優しい愛には棘がある
第2章 Moon crater affection







 月子は、恋人と待ち合わせていた時間になっても、約束の場所へは向かわなかった。今日は、今日だけは、昼も夜も気まぐれで、暴力という簑にくるんだ愛ばかりをくれるあの少年に振り回されるのを、休みたかったのだという。


「週明け、学校で会ったら怒られる……今回ばかりは私が悪い。あの人は怒って、私は一生懸命謝って……あの人に見捨てられないように、必死になって……」

「月子が彼を見捨てなよ」

「出来ない。……愛してる。愛してる、もん……」


 いづるは月子を抱き締めていた。


 風が冷えるらしい。月子の身体は頻りと震えていた。


「彼は優しいの。とても優しくて、私を大事に……こんな私を、本当に真剣に見つめてくれる。あの目が好き。声が、私の名前を呼んでくれる声の感じは、お姉ちゃんや友達には感じないものがある。楽しい思い出や、彼の良いところが頭から離れなくて、憎い時も怖くなる時もあるけれど、あの優しさを失うことを考えれば、殴られるくらいどうってことない」

「月子……」

「離れたくなっても離れられない。いづるの方がずっと優しい。ずっと綺麗。大半の女の子なら、きっと……貴女みたいな人の方をこそ好きになるわ。なのに、私は、あの人を覚えすぎちゃったんだ。酷くされても構わない。あの人のくれる痛みなら、私を繋いでいてくれる鎖になる。本当にたまに見せてくれる優しい顔が、大好きだから」

「…──っ、……」



 救いようがない。

 まとまりなくこぼれる月子の話に、いづるは絶望をしのぐ闇の深淵を垣間見ていた。


 そして自覚する。

 救いようがないのはいづるも同じだ。



 いづるも月子も、幸福な日常の(おもて)の裏側に、地上から見上げられない月のあばたをいだいている。欠けたもの。

 片手に包み込めるほど小さな優しい記憶に縋って、それを手離さんとして、壊れた部分がいっそう無惨になっていっても目をつむる。
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