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口琴
第15章 守るべきもの
「おはよう。聖、早く食べちゃって?遅刻するわよ?」
「…いらね…」
「ダメよ、朝はちゃんと食べないと…」
「…行ってきます…」
バタン…
「…ふぅ…あの子、大丈夫かしら?…あれから様子が…。ハーモニカもケースに仕舞いっぱなしだし、ちょっと心配…」
「ほうっておけ。そのうち忘れるさ」
…忘れてくれ…
惣一は、そう祈っていた。
「私が何を聞いても、あまり話してくれないの…」
「ま、そういう年頃だろ」
「…それは、そうだけど…。私もね、あの事聖に直接確かめなきゃって思ってるんだけど…何だか言い出しにくくって…。あまり詮索し過ぎると、鬱陶しがられるし…」
「…あの事って?…」
「やだ、言ったじゃない。ほら、あの日、脱衣所に脱いであった聖の小さい頃の下着の事。あの二人、何も無いって信じてるけど、絶体許されない事だから…。
ううん、ないない。二人ともまだ子どもだし、あり得ないわよね?考え過ぎよね?」
朋香は頭を振って、自分を否定した。
「…ああ…そうだな…」
朝刊の影から、素っ気なく返事する惣一。
惣一も同じ思いだったが、朋香のように言葉にしなかった。いや、言葉にするのが怖かったのだ。
「私あの時、背中に冷たいものが走ったの…。やっぱり梨絵は私を恨んでるんだって…。あなたと聖を奪った私を…。だから神様が私達の所へあの子をよこして、罪を忘れるなって言ってるんじゃないかって…。あの時梨絵は、私に優しく笑って『二人を宜しく』って言ったけど…。大切な家族を奪われて、辛くない人はいないよね。
だから私、聖とあなたを幸せにするって、それが彼女への贖罪だって思った…。でも結局、そんなの私の独りよがりで、彼女の心は救われないのよね。私、どうすれば…」
「梨絵は、何もかも承知で離婚したんだ。それに私達は、三人でちゃんと話し合ったじゃないか。
そもそも最初から彼女の中には、私ではなくダニエルしかいなかった…。初めから間違っていたんだ。あの結婚は…。梨絵は君を恨んでなどいないさ。恨まれるのは私だ」
「…惣一さん…」
「あの二人の事だが、もう終わってる。時間が忘れさせてくれるよ、きっと。恋なんてそんなもんさ。だから、もう少しそっとしておかないか?そして私達も忘れよう。あの子の事も、梨絵の事も…」
それでいいんだ…
惣一は、自分に言い聞かせていた。