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口琴
第17章 口琴
風を切って走る自転車。

懐かしい街並。

聖の背中。

聖の匂い。

蕾の胸は高鳴り、紺碧の空を翔ぶ、鳥にでもなったような気持ちだった。

「…聖君…逢ってくれて、ありがとう」

「…蕾?…」

「ん?」

首を傾げて、聖の真剣な横顔を見る。

「…お前、重くなった?…自転車、進まねぇんだけど…」

「えっ?…やだっ!もう!バカッ!嫌いっ!」

聖の背中をグーでドンドンと叩く。

「わー!危ねぇ~!やめろっ!暴れるなって!落っこちんぞ!」

「だって!聖君、ひどい!」

「アハハッ!悪りぃ、許してっ」

「もう!許さないっ!」

「ハハハッ!…なあ、それより、どこ行くと思う?」

「…知らないっ…」

蕾は仏頂面で答えた。

「当ててみろよ」

「…分かんない…」

「なんだよ。まだふくれてんのか?ほら、俺のバッグの中…」

「バッグ?」

聖が斜め掛けしている、ボディバッグを見る。

「開けてみろよ」

「いいの?」

「ああ」

蕾はゆっくりとファスナーを開いた。

「あ!ハーモニカ?!」

蕾の手製のケースに入っていた。

「分かった!川でしょ?あの河川敷?」

「正解者に拍手っ!」

パチパチパチ!

両手をハンドルから離して、拍手をする。

「キャー!やめてっ!聖君、危ないってばっ!」

怖がって、聖の背中にギュッと強くしがみついた。

「ハハハッ!……ん?…なぁ…蕾?…」

急に神妙な声の聖に、蕾はまた首を傾げた。

「ん?どうしたの?」

「…お前…胸…でかくなった?さっきから、背中に柔けぇのが当たってんだけど…」

「えっ!…やだっ!もう、バカッ!エッチ!」

「ワア~!だから、危ねぇって!暴れるなっ!」

「だって…」

「ごめん。…ほら、着いたぞ」

いつの間にか、河川敷の土手を走っていた。

懐かしい景色が、蕾の目の前に広がる。

「…わぁ~!…」

二人が出会った場所。

あの頃、この場所は、蕾にとって逃げ場所だった。

何一つ変わらない景色だが、草の色も、川の煌めきやせせらぎも、蕾には全てが違って見えた。

五月の爽やかな風が、二人の頬を優しく撫でた。
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