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口琴
第10章 二人きりの夜
落ち着け…落ち着け…俺…。

聖は自分に言い聞かせ、冷静を取り戻そうとしていた。

「そうだ、着替え…」

階段を駆け上り、二階の自分の部屋へ向かった。

クローゼットの奥の収納ケースから、小さい頃の服を引っ張り出した。

「確か…ここに…。良かった…棄ててなかった…。Tシャツ、ズボン、パンツ。パンツ…こんなんでいいかな?…。女の子のなんてねぇし…母さんのは…ダメダメ、あんなのデカ過ぎる。やっぱこれでいいや…」

呼吸を整えて、脱衣所へ入った。

「こ、ここに、着替えとバスタオル置いとくからな」

「ありがとう」

浴室から、エコーのかかった声が返る。

磨りガラスの向こうに、小さな白い影が揺れた。

「おぅ…」

心臓が飛び出しそうだったが、平静を装い、素っ気ない返事をした。

脱衣籠に、濡れた服が入っている。

何度も躊躇いながら、そっと持ち上げると、小さな白いショーツだった。

鼓動は、尋常ではなかった。

生唾を呑む。

「…濡れた服…洗濯しとくから…」

「え?…でも…」

「き、気にすんな」

「ありがとう。聖君」

「お、おぅ…。よく温まれよ」

「うん」

聖の優しさが一つ一つ心に沁みていた。こんなに安らいだのはいつ振りだろう…。

同時に不安も押し寄せていた。

今頃パパ達、私を探してるんだろうな…。あのおじちゃん、来たのかな…。怒ってるだろうな…。ママやあずちゃん大丈夫かな…。酷い目に遭ってないかな…。

私…ここにいてもいいのかな…。

こんなに甘えても…いいのかな…。

聖君…。

安堵と不安が混在していた。

風呂から上がると、聖の用意してくれた服に着替えた。

紺のボーダーのTシャツとハーフパンツ、前が開く形の下着には、少し戸惑った。

少し大きい…。

「お風呂…ありがとう…。この服、借りるね…。でも、ちょっぴり大きい…。フフッ」

「ほんとだ。多分それ、小4の頃の服なんだけど…」

「ウフフッ…聖君、この頃からおっきかったんだね?」

「まあな…。良かった…やっと笑った」

「…聖君…ごめんね…。ありがとう…。私…聖君がいなかったら…」

「だから、もういいって。俺もシャワー浴びて来る。腹へっただろ?後でラーメン作るから」

「…うん…」

このまま、時間が止まればいい…。

蕾は、この小さな幸せを噛みしめていた。
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