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ただ、あなたに逢いたくて~心花【こころばな】~
第6章 其の参
 長屋で暮らした幼い頃のことを話す男の表情は生き生きとして、翳りは微塵もない。この前、随明寺で逢ったときの屈託ない笑顔と同じだ。
 お彩には何よりそれが嬉しかった。
 ふと男が手を伸ばした。何をするのかと思えば、お彩の髪に舞い降りた桜の花びらをそっと指で拾い上げる。
 その時、一陣の強い風が吹き抜けた。夜風は、たっぷりと花をつけた樹を揺らし、梢をざわめかせる。
 風に煽られて無数の花びらが粉雪のように舞い踊った。薄紅色の花びらの雨の中で、男とお彩は静かに見つめ合う。
―けして愛してはいけない男を
     自分は愛してしまった―
 何故か、お彩は、そんな気がしてならない。もう一人の自分がその男にこれ以上近付いては駄目だとしきりに警鐘を鳴らしていた。
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