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第12章 第五話　【夏霧】　　其の壱

　それが母の死後一年して、生まれ育った長屋を出て、近くのやはり粗末な貧乏長屋で一人暮らしをするようになった。その裏には複雑な事情があり、父伊八とは家を出てからも一年余り疎遠な状態が続いていたが、今では従来どおり打ち解けて仲睦まじい親子だ。
　伊八は江戸でも評判の腕の良い飾り職である。伊八はどこから見ても子煩悩な父親であったが、実はお彩は伊八の実の子ではない。お彩の母お絹が吉之助という男に犯されて身籠もった子なのだ。しかし、今はその吉之助もこの世には無く、お彩はその事実を今年の春に知ったばかりであった。大好きな父の娘ではないと判った時、大きな衝撃を受けたものの、父と自分の間には血の繋がりよりも大切な絆があるはずだと信じることで乗り切れた。