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ただ、あなたに逢いたくて~心花【こころばな】~
第19章 第八話  【椿の宿】
 お彩は知らぬ間に深い吐息を零していた。真冬の凍てついた空気に白い吐息が細く溶けてゆく。お彩はつい先刻、別れたばかりの男の貌を思い出していた。
 冴え冴えと光を放つ月のように清らかでいて、ぬばたまの闇にほの白く浮かび上がる艶麗な夜桜のような美貌を持つ男だ。切れ長の形の良い眼(まなこ)の底に揺れるのは救いがたいほどの孤独の翳。何ゆえ、男がそれほどの闇を抱えているのかを、お彩はいまだに知らない。
 が、陽太のその心の闇の原因を知り、時折見せる屈託のない笑みをいつも浮かべていられるように手助けはできないものかと考えている。
 歌舞伎役者も色褪せるほどの美男であり、加えて大店にして老舗の主人という立場―、京屋市兵衛という男は年若な割には年長の同業者からも「凄腕」と畏怖され、一目置かれている。
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