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ただ、あなたに逢いたくて~心花【こころばな】~
第20章 第八話  【椿の宿】 其の弐
「お彩」
 更に名を呼ばわれ、お彩は一瞬、振り向こうかどうかと躊躇った。男の貌を見たいという想いと裏腹に見たくないという想いがせめぎ合っていた。
 が、結局、お彩は市兵衛の顔を見ることはなかった。敢えて顔を背けたまま襖を閉めようとしたその寸前、座敷の床の間にさり気なく置かれている一輪挿しにふと視線が吸い寄せられた。小さな花入れに投げ入れられている白い花―水仙が視界の片隅をよぎる。
 この宿の女主人はもうかれこれ四十は過ぎるだろうが、口の堅い、このような商いにはふさわしからぬ品のある、落ち着いた雰囲気の女性である。
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