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ただ、あなたに逢いたくて~心花【こころばな】~
第23章 第十話 【宵の花】  其の壱
―あの器量では、氷の市兵衛と呼ばれている、さしものの京屋の旦那も落っこちるわいな。
 と噂し合ったものだった。
 人々から「氷の市兵衛」と呼ばれるこの京屋市兵衛の突然の結婚は、それから後、ひとしきり巷に格好の話題を提供した。その女と市兵衛がもうかなり以前から深間になっていたことなども知れるにつけ、二人をめぐる心ない噂は江戸雀たちの好奇心を刺激するには十分であったといえよう。
 市兵衛が誰からも注目される大商人であったこと、また京屋の婿養子であったことなどから、お彩と市兵衛の結婚は、それほどに世間的な影響を与える出来事であった。しかし、そんな噂も江戸に春がめぐり来て、あちこちで花だよりが聞かれる時分には、もう人々の頭からはすっかり薄れていた。
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