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ただ、あなたに逢いたくて~心花【こころばな】~
第23章 第十話 【宵の花】  其の壱
 その夜、市兵衛は深川の料亭での談合の後、気のあった数人の呉服問屋の主たちと共に吉原へと流れた。吉原を訪れた客は引き手茶屋にまず上がり、そこを通じて登楼する。市兵衛も吉原に来たときは、鶴やという引き手茶屋から末広屋に上がるのが常であった。
 末広屋に到着すると、若い衆の案内で二階の若菜太夫の部屋に通される。それから既に一刻余りが過ぎていたが、市兵衛は黙って一人で手酌酒を呑んでいるばかりであった。
 周囲の座敷からは三味線の音や幇間の賑やかなはやし声が聞こえる。それらに混じって、時折、女たちの嬌声が上がった。若菜太夫は紅をくっきりと引いた艶やかな口許を心もち引き上げ、醒めた眼で市兵衛を見つめていた。
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