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ただ、あなたに逢いたくて~心花【こころばな】~
第23章 第十話 【宵の花】  其の壱
―せめて今宵だけは、このあちきのためにここに居ておくんなまし。
 帰ろうとする男の背中をそう言って抱きしめたい衝動に駆られたけれど、恐らくそんなことをしたとて、この男は何も感じまい。いや、「氷の市兵衛」との異名を取るほどの男だ、かえって疎ましく思うだけだろう。
「またのお越しをお待ち致しておりんすよ」
 そう言うのが精一杯だった。市兵衛は何も言わず、静かな瞳で若菜太夫を見つめてから部屋を出ていった。
 若菜太夫は男がいなくなった後、二階の窓の障子を細く開いた。そこからは吉原の目抜き通りに植えられた桜並木が一望に見渡せた。
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