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ただ、あなたに逢いたくて~心花【こころばな】~
第23章 第十話 【宵の花】  其の壱
 吉原の桜は見世物の桜だ。元からその場所に植わっているものではなく、他の場所から根っこごと持ってきて植えるのである。そして、花見の時期が終わると、再び引っこ抜いて持ち去られる。いかにも美しい虚飾ですべてが形作られている吉原という世界ならではの贅沢であった。
 美しい盛りの時期だけ人々の眼を愉しませ、愛でられる紛い物の桜は用済みになるや、持ち去られ忘れ去られる。そんな儚い運命は、やはりこの吉原という美しき虚飾の世界で生きる女たちのさだめにも似ている。
 女人の眉のような繊細な月が雲母に輝く桜花を照らしている。若菜太夫の白い頬を涙の雫がころがり落ちた。
 所詮、紛いものの世界で生きるしかすべのない女には本物の恋は叶わぬものなのだろうか。ここにもまた市兵衛の報われぬ想いに泣く女が一人いた。
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