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ただ、あなたに逢いたくて~心花【こころばな】~
第27章 第十一話 【螢ヶ原】  其の参 
「一緒に帰るんだ」
 市兵衛がいきなりお彩の腕を掴んだ。
「いやです」
 お彩は短いけれど、はきとした声で応えた。
「何だと? お前はこの私の―、京屋市兵衛の女房なんだぞ? 亭主持ちの身でありながら、他の男と深間になったということが、何を意味しているか判っているのか?」
 その時、お彩はハッとした。市兵衛の意図が―何ゆえ、お彩の失跡を公儀に届けなかったのか、その理由を悟った。
 当時、不義密通は罪に当たり、道ならぬ恋に落ちた男女は厳しく処罰されるのが習いであった。良人のある身で他の男と通じた女は姦通罪に問われ、淫婦として世間の誹謗中傷を浴びながら死んでゆかねばならぬ運命(さだめ)にあった。
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