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ただ、あなたに逢いたくて~心花【こころばな】~
第27章 第十一話 【螢ヶ原】  其の参 
 市兵衛が抱える虚ろな闇のせいで、その心は氷ってしまったけれど、もし、その凍てついた心を溶かすことができるとすれば、その女の春の陽差しのような笑顔だけだった。どんな氷でも溶けない氷はない。
 お彩は、かつて市兵衛がひたむきなまでに愛した唯一の女性の魂を受け継ぐ娘であった。春のやわらかな光に抱(いた゛)かれ、氷はやがて溶け、男は本来の自分を取り戻すのだ。だが、お彩は自分こそが市兵衛の心の闇を照らし、その孤独を救うひとすじの光となり得ることを知らないでいる。知らぬまま、市兵衛の側から永遠に去ってゆこうとしている。
「馬鹿なことを言うものじゃねえ。その子は京屋の跡取り、男ならば七代目になるべき定めの子だぞ。京屋の跡取りをお前一人で育てるというのか」
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