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お礼の時効
第3章 あなたを傷つけるようなことはしません
結局思い悩んだ結果、足が向いたのは浅野のマンションだった。
玄関のドアを開けて灯りをともすと殺風景な部屋に苦笑いが出てしまう。
ソファの下に転がっている枕を手に取り抱きしめてみると、かすかに浅野の匂いがした。抱きしめられたときを思い出してしまい、心臓がまたとくんとくんと跳ねだした。

ソファに腰掛けた春季は、ふと自分と浅野の姿を思い浮かべてみた。
ソファに座る浅野と自分がお茶を飲みながら、語り合う光景を。
心が揺れる。そうなりたい自分とそれは叶わぬ夢だという自分がいる。
じくじくとした痛みを胸に感じ、そっと痛みを感じた部分に手を重ねた。
悲しいような切ないような不思議な感覚だった。つんと鼻の奥が痛む。

春季はソファに腰掛けて、体を任せている内にうとうととなり、眠りの世界へ旅立っていた。

カチャンとドアが開いた音で、春季は目が覚めた。
夢うつつのまま体を起こし、音がした方へ目を向けると、そこには浅野が優しい微笑みを浮かべて立っていた。

春季は胸が締め付けられるような痛みを感じ、立ち尽くしている浅野に両手を広げた。

浅野は一瞬驚いていたが、すぐに柔らかな微笑みを浮かべ春季の元へ近づいてきた。

春季は浅野に優しく抱きしめられた。
思ったより逞しい浅野の体躯に春季はほっと安堵していた。鼻をくすぐる森のにおいが心地いい。春季が目を閉じようとすると、浅野は春季に声をかけた。

「ただいま」

浅野の優しい声が耳元で聞こえた。低い浅野の声は春季の心にまで染み渡り、体の奥から暖かいものがこみ上げてくる。浅野の背に回した腕の力を強め、しがみついた。

「おかえりなさい……」

その言葉を口にしたあと、春季はそっと目を閉じた。
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