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いじっぱりなシークレットムーン
第9章 Lovely Moon
 

「お前が忍月の懐刀……」

「それは買いかぶりです。過去幾度となくお誘い頂いていましたが、俺の意志で宮坂専務が崇拝する、月代社長のいる会社を選んでいます。そしてそれは変わらない、永遠に」

 朱羽がこちら側にいてくれてよかった。

「ほう? うちに来たら、給料は三倍にしてやろう」

「お断りします」

「機械の環境も整っているぞ?」

「お断りします」

「お前の才能がうちなら発揮できる」

「お断りします」

「機械工学の権威、Robert Marting教授がお前を推薦してる。お前にも教授からのメールなり手紙なり届いていたはずだ」

「………」


 前に、朱羽から和訳を頼まれた時、その名前が出てきた気がする。

 誰だかわからないが、朱羽と顔見知りなのか。

「日本で一緒に出来る研究所も作った」

「……お断りします」

 朱羽は冷ややかな顔で専務を見た。

 専務の威圧感を弾いている。

「Robert Martingは、コロンビア大学時代に師事した私の恩師です。ですが彼と研究することではなく、日本に帰り忍月に勤めることを私は選択しました。確かに今でもやりとりがあり、最新の機械工学の資料をくれたり、一緒にやろうと誘われています。ですが今更迷うこともない。都度きちんとお断りしていることは、彼もわかっているはずだ」

「そんなにいいのか、シークレットムーンが」

「はい」

「その女がいるからか」

 朱羽はあたしを見て頷いた。

「彼女と、彼女が愛する者達と一緒になって仕事をするのが、俺の喜びです」

「会社はスポ根じゃないぞ」

 ……くそっ。千絵ちゃんにも言われた言葉だ。

「ええ。正直ひととの付き合いは私には億劫でした。私にとって忍月も向島もなんの大差もない。実力主義の社会の中での技術者なんてごまんといる。だけどシークレットムーンは違う。月代社長に影響を受けた宮坂専務が後ろ盾にいる。どういう会社か、あなたはそれだけでよくわかるはずだ」

 専務は厳しい顔で朱羽を見るが、朱羽は物怖じしない。

 朱羽が頼もしくてたまらない。

「――化学変化がある。それが向島にない、シークレットムーンだけの強みだ」

 ……泣きたくなってくる。
 
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