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いじっぱりなシークレットムーン
第10章 Funky Moon
 

 ***


 東京都港区――。

 向島開発本社があるのは、都内のオフィス街、新橋や銀座にほど近い汐留、11の街区からなる巨大複合都市「汐留シオサイト」内にある。

 OSHIZUKIビルにも負けない超高層ビル群には、シークレットムーンなど比較にもならない大会社がたくさん入っていて、初めて汐留に来たあたしとしては、景観が素晴らしいビルを見上げては驚きの声を上げた。

「もう、鹿沼ちゃん、東京に住んだことがない田舎から出てきたばかりの子みたいだよ」

 サラリーマンが行き交うこの中で、杏奈の格好は異質だ。

「ここに杏奈が働いていたの?」

「……うん」

 わかっていてこの格好をしてきた杏奈。杏奈なりの覚悟があるのだろう。いつもの口調ながらも、杏奈の顔は強張っている。

 杏奈の手を握ると、その手は冷たかった。

 あたしはその手に息を吹きかけて温めて上げると、杏奈が苦笑した。

「鹿沼ちゃん。香月ちゃんが睨んでる」

「は?」

 慌てて反対側を見ると、確かに朱羽は面白くなさそうだ。

「な、なにか?」

「いえ、別に……」

 ぷい。

 顔を横に向けて、すたすたと歩く。

「さあ、早く行きますよ? 立ち止まってないで!!」

「は、はい」

「あはははは。愛されてるね、鹿沼ちゃん」

 杏奈が笑いながら声を潜めて言ってくる。

「え……と」

「隠さなくてもいいよ、杏奈わかってたもの。香月ちゃんずっと鹿沼ちゃんしか見てなかったし、鹿沼ちゃんも段々と香月ちゃん目で追ってたから」

 うわ、あたし目で追ってたんだ。

「……付き合った?」

「う、うん」

「おめでとう!」

 杏奈は破顔した。

 帽子を止めている顎のリボンが、風にひらひらと揺れる。

「鹿沼ちゃんは、杏奈みたいにならないでね」

「え?」

「大きな力に負けないで」

「どういうこと?」

「杏奈はどこの機密情報も見れるんだよ?」

「なにやってるんですか、早く!!」

「ああ! 鹿沼ちゃん、香月ちゃんがあんなに先に行っちゃってるから、ダッシュ!」

「え? あ……待って!!!」

 向島の大きな力に負けた杏奈。

 なんでそれがあたしにも関係しているのかわからない。

 朱羽は朱羽なのに。

――杏奈はどこの機密情報も見れるんだよ?

 やけにそれがひっかかった。
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