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いじっぱりなシークレットムーン
第10章 Funky Moon
***
「本当によかったの、杏奈」
ビルを出た時に、杏奈に念を押す。
「杏奈は本当は、向島専務のこと、まだ好きだったんじゃ……」
すると杏奈は、涙を指で拭いながら笑った。
「好きでも、どうしようもないことがあるの。私はその壁を乗り越えることを諦めてしまった。その時点で、私は宗司の隣に立つ資格がないの」
「杏奈……」
「あのひとね、分家育ちだからかなり肩身狭い思いをして育ったんだって。お母さんは本家の正妻に虐められて耐えきれずに自殺してしまって。遺体の第一発見者が、彼だったの」
あたしは自分のことを思う。
心中のように自殺した両親と同じ家に居たあたし。その頃のあたしの精神状態が不安定ではなく、今のあたしのような安定した精神であったのなら。
……歪む。
「彼は、本家を見返してやりたいために頑張ってきたの。死に物狂いで。そんな彼を、きっと宮坂専務は知っている」
街灯のオレンジ色の光が、杏奈の横顔を照らし出す。
「……鹿沼ちゃんが言った通り、宗司が私を助けてくれたのは、私がお父さんの……向島社長の遊び人形だったからだと思うの。彼は父親への反抗心から私を奪いたかったのだと。だけどね、確かに杏奈は社長の玩具だったけれど……、それでも玩具なりに心を持てたのは、宗司のおかげだったんだ。きっかけがどうであれ、杏奈と宗司の間には、愛は芽生えたのだと……杏奈はそう信じたい」
杏奈は、暗くなった空を見上げた。
「私は彼がどんなに野心があって、向島のトップに立ちたがっていたのかを知っていた。だけど彼は社長に敵うだけの力はなかった。社長から宗司についての結婚話を聞いた時、私の存在がさらに宗司の足を引っ張ってしまうのがわかっていたから、私は……そこで諦めたの。これ以上は一緒の夢を見られないと」