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砂の人形
第4章 ほころび
「そろそろ、誰か気づいたかしら」

 姫様の声に我に返る。夜の始まる時間、太陽がかろうじて西の端に光を止め、白んだ空に早い星がいくつか瞬きはじめる頃。僕は姫様を抱えて駱駝に乗っていた。多すぎる荷物は量を減らして、別の駱駝に積み、紐でつないである。僕の前に座っている姫様は、後方に遠のいていく宮殿の影を振り返った。

「お父様、怒るわよね……」
「引き返しましょうか」

 彼女が頷くはずがない。分かっていたけれど、僕は尋ねた。
 宮殿に戻って何もなかったことにするべきだ。ルニルカンとの交易の要になる姫様が突然姿を消すなんて、神経質なサルーザ様の逆鱗に触れるのは目に見えている。万が一見つかってしまえば懲罰は免れない。

 僕と姫様を同時に罰する方法……簡単に想像がつく。姫様だってそんなことは望まないはずだ。引き返した方がいいに決まっている。
 姫様はしばらく黙り込んでから、視線を正面に広がる砂漠に戻した。

「テルベーザは私に結婚してほしかったんでしょう」

 不機嫌を隠しもせずに、姫様はとげとげしく言う。明後日の方向を眺める彼女の黒髪が、僕の顎先で揺れて、風向きが変わると顔にまとわりついてくる。

 寝室で聞いた姫様の言葉が思い出される。ルニルカンへ向かう……ペテ様に会うためだ。このところ足の遠のいていた婚約者に。元より乗り気でなく、僕への当てつけのために決めた結婚。それを反故にするつもりだろうか。

「姫様、まさか……」
「今もそう思ってる?」

 そんなわけない。他の男にいいようにされるなんて許せないし、それで姫様の体が喜ぶのかと思うと、僕はこの人に対して殺意さえ覚える。
 だからといって、僕がこの人を幸せにできるわけもないし。

「もちろんです。ペテ様は人柄もよく信用できます。あの方以上の夫は世界中探しても見つかりませんよ」
「なら私を止める必要はないわ」

 ようやく、姫様は僕を振り返った。大きな瞳にうっすら涙を浮かべて、それでも毅然とした輝きを宿す目で。

「婚儀の催促に行くんだから」

 それをサルーザ様に伝えれば、喜んで旅団を組んでくれるのに。
 冷静にそう考えている自分をすごく遠くに感じた。後は、熱い空が突然降ってきたような……体が急に熱くなって、何も考えられなかった。ただ、目の前の姫様を腕の中に抱きこんだ。
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