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令嬢は元暗殺者に恋をする
第11章 裏街へ
 このアルガリタの町によもや、こんな場所が存在するとは、サラは思いもしなかった。

 さながら、迷路となった昏い路地は、迷い込んだ者を捉えるための罠か。
 路地の両脇に並ぶ密集した家々からは、人の気配も生活の匂いも全く感じられなかった。
 壊れかけた扉から中を覗けば、汚れた壁と抜け落ちた床板。朽ちかけた粗末な家具が埃をかぶって残されているばかり。

 窓にかけられた幕はぼろとなり果て、風になびいて揺れている。
 どの家も同様であった。

 迷路をさらに奥へと進んでいくと、強烈な腐臭が空気を浸食する。
 吐き気をもよおす匂いの元は、地下水路からのようだ。汚物の匂いか、それとも犯罪者の贄となり放置された死者の放つそれか。

 相容れぬ光と闇が存在するように、美しく豊かで暮らしやすいと謳われるアルガリタの町にも闇の部分がある。それが、誰もが恐れる犯罪の巣窟、暗黒街『裏街』であった。

 陽光さえも遮るほどに高く巡らされた壁が、外の世界を断遮し、この裏街をぐるりと取り囲む。

 その昔、裏街はヤーナという小さな町であった。

 やがて町は徐々に肥大し、元々あったヤーナの町を取り囲むように、高い壁が張り巡らされ、次第に町を丸ごと呑み込みこんでしまった。
 つまり、裏街はアルガリタの町ができる以前の、小さな町の名残であった。

 当時、その町に暮らしていた人々は、住み良い環境を求めて壁の向こうへと移り住んでいった。が、金銭的に余裕のない者は、その場から動くこともできず、豊かになっていく外の世界を複雑な気持ちで眺めているしかなかった。そして、いつしか小さな町は疎隔され、やがて、犯罪者の住処(すみか)となり、今に至るのである。
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