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令嬢は元暗殺者に恋をする
第30章 私はハルだけのもの
 激しく怒りの炎を揺らすハルの瞳を真っ向からのぞき込み、サラはつかまれている腕の痛みにこらえた。
 とにかく早く誤解を解かなければならない。

 でも、どうしたらいいの。

 ハルは厳しい眼差しでサラを見下ろした。

「おまえがシンを好きだというなら」

 サラは短い悲鳴を上げた。
 腕をきつくつかまれたまま、バルコニーの手すりに背中を押しつけられたからだ。さらに加えられたハルの力によって足が浮き上がる。

 上半身が仰け反り、手すりから大きく乗り出した。
 サラはちらりとバルコニーの下を見る。
 もし、ここでハルが手を離したら、真っ逆さまにここから転落してしまう。

「ねえ、私の目を見て。嘘をついているように見える? 私が好きなのはハルだけ。ずっと、ハルのことだけを考えていたのよ。こうしてハルが会いに来てくれて嬉しいのに。どうして?」

 腕をしめつけていた指の力がゆっくりと解け引き戻される。
 サラはほっと息をもらした。そして、あれ? と首を傾げた。

「もしかして、妬いてくれてるの?」

 ハルの真意を確かめるように、今度は悪戯っぽく相手の目をのぞき込む。
 もしそうだとしたら、この両腕に残された痛みすら、痺れるような甘い疼きとなる。

「俺以外の男に目を向けるのは許さない」

「じゃあ、ハルは私のこと好き?」

 しばしの沈黙の後、わからないと答えるハルに、サラは唖然として頬を膨らませる。

「何それ……でも、それでもいいの。ハルが会いに来てくれただけでも嬉しいから。シンのおかげだわ」

「俺の前であいつの名前をだすな」

 サラは慌てて両手で自分の口許を押さえた。
 どうやら、シンの名前を出すとハルの機嫌が悪くなると察したからだ。

「でも、何だかすごく意外だわ。ハルって嫉妬深いのね」

「嫉妬では……」

「でも、そういうところも全部ひっくるめて、私はハルのことが大好きよ」

 しかし、サラはまだこの時気づいていない。
 もし、これが単なる嫉妬にしても苛烈すぎはしないかと。
 まるで鎮まることをしらない、触れるもの全てを焼きつくしてしまう炎のようだと。

 いつか、ハルの心を手に入れたとき、果たして彼の心を制御できるのか。
 相手の激情に焼きつくされはしないか。
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