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令嬢は元暗殺者に恋をする
第31章 月夜の蜜会
 すでに時刻は夜更け。
 机の上に置かれた燭台の蜜蠟の淡い炎に視線を落とす。

 今夜も来てくれるのかな。

 よくよく考えてみれば、素直に約束を守るような人ではなさそうだし。
 などと、半ばあきらめにも似た思いを抱き始めたサラの耳に、夜の静寂をぬって響くかすかな笛の音を聞いた。

 笛?
 まさか……!

 咄嗟に顔を上げ、椅子から勢いよく立ち上がると、バルコニーへと向かって駆け出し大きく窓を開け放つ。
 清涼な夜の空気が一気に部屋へと流れ込む。
 涼とした風がサラのほんのりと薔薇色に染まる頬をなで、波打つ柔らかい茶色の髪を揺らした。

 瞳を輝かせサラは吐息をこぼす。
 熱のこもったその視線は目の前の相手に釘づけになったまま離れない。

 露台の手すりに長い足を組んで腰をかけるハルの姿。
 淡い月の光がハルを照らす。
 まぶたを閉ざし、うつむき加減で首を傾け横笛を吹くその姿は、夜の闇にぼんやりと浮かんで、まるでそこだけが現実と切り離された幻想的な空間を満たしていた。
 いや、それとも彼自身が幻想の世界から地上にさまよい降りたとも言うべきか。

 闇をまとい夜の孤独に愛され、濡れた漆黒の翼を大きく広げる堕天使のよう。
 その堕天使が、魔力をもって人間の少女を魅了していく。
 まるでお伽話のようと、うっとりとサラは両手を胸にあてた。
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