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令嬢は元暗殺者に恋をする
第32章 甘いひとときを過ごすはずだったのに
 細いわりには力のある腕。
 サラは驚いたように目を見張らせる。
 わずかにまぶたを落として首を傾け、部屋の隅にあるベッドにハルは視線を向ける。

「有無を言わせず、このまま無理矢理ベッドに連れて行くけど」

 サラは泣きそうな顔でいや、と声を落とすと、ハルの首に両腕を回してぎゅっとしがみついた。

「いやなら、さっさと宿題を片付けろ」

 そう言って、ハルは抱き上げていたサラを文机の前の椅子に座らせた。
 またしてもサラはうう……と言葉をつまらせた。

 確かに宿題も大切だが、ハルと過ごせるこの短い一時も貴重なのに、と恨めしそうな表情をする。

 一体どうしてこういう展開になってしまったのか。
 ハルとたくさんお喋りをして、楽しい時間を過ごすはずだったのに。

「ねえ、ひとつ問題ができるごとにハルがキスをしてくれるっていうのはどう? そうしたら私、嫌いなお勉強も頑張れるかも。あ、キスっていっても、頬とかおでこに軽くよ。ちゅっと軽く」

「いいよ」

「ほんとう!」

「それで、間違えたらどうする? あんたは俺に何をしてくれる?」

 目を細めて意味ありげに笑うハルから慌てて視線をそらし、サラは宿題に向き合う。
 ハルのことだから、何かとんでもないこと要求してきそうで怖いかも。

「今のはなかったことに……」

「よけいなこと考えずにさっさとやれ。いいか、できるまで寝かせないからな」

 言いながら、手近にあった椅子を引き寄せるハルに、サラは目を細めてふふ、と笑う。

「あら、そこまで言うならしっかり最後まで面倒みてね。でないと、今夜は帰してあげないから」
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