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令嬢は元暗殺者に恋をする
第32章 甘いひとときを過ごすはずだったのに
「お、終わったわ!」

 手汗にまみれ、よれよれになった宿題の用紙を目の高さまでかかげ、サラは感激の声を上げた。

 答えを間違えれば容赦なく物覚えが悪いだの何だのと憎たらしいことを口にするハルであったが、勉強の教え方は家庭教師とは比べようもないほどわかりやすかった。
 今までどう考えても理解できなかった問題が、ハルの説明によって解けていくのだ。

「ねえ、できた!」

 サラは自信たっぷりにハルをかえりみるが、相手は窓枠に背をあずけ、片膝を立てた格好で床に座り込んでいる。
 薄く唇を開き、まぶたを伏せている表情は穏やかであった。

 わずかばかりあごを持ち上げ、頭を壁に寄り添えたハルの仰け反った滑らかな首筋と胸元に、月の雫が降りそそぐ。
 蒼く淡い燐光がその身を優しく包み、近寄ることをためらわせる雰囲気を漂わせていた。

 サラは椅子から立ち上がり、そっと足音を忍ばせハルに近寄る。
 しばしの間ハルの姿に見惚れていたサラであったが、ふと、小首を傾げた。

 もしかして、眠ってしまったのだろうか。

「……ハル?」

 遠慮がちに声をかけてみるが返事はない。
 向かい合うようにしてハルの側に膝をつき、食い入るようにじっと見つめる。
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