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令嬢は元暗殺者に恋をする
第33章 ハルの過去
「俺を拾ったやつが、名前がなければ呼びにくいと言って適当に思いついた名前をつけた」

 ハルは独り言のように、さらに続けた。

「……俺には親がいなかった。顔も知らない。自分の境遇を嘆き親を恨んでも、その親の顔すら知らないのだから仕方がない。そんなことよりも、今日を生き抜くのに精一杯だった。俺と同じ、身よりのない子どもは回りにもたくさんいた。けれど、たいがいの子どもたちは食べるものもなく、レザン・パリューの厳しい冬を乗り越えることができずに命を落としていった。物心ついた頃から、あちこちの村に踏み入っては食料を盗み、川の水で喉の渇きを癒した。盗みが悪いことだと知っても、生きていくために仕方がなかった。時には村人に見つかり血を流すまで殴られたこともあった。村の警戒もいっそう強まり、やがて、食料を手に入れることはおろか、寒さをしのぐためにどこかの納屋に潜り込むことさえままならなくなり、ある日の冬、病に倒れた。いよいよだめかもしれないと死を覚悟したその時、俺は拾われた。いや……捕らえられた。だけど、その時死んでいれば……」

 背中に回されたハルの腕に力が込められた。
 息苦しいほどにきつく抱きしめられ、サラは小さく喘ぐ。
 ハルの手がかすかに震えていることに気づく。

「そうすれば、その後の本当の地獄を知ることもなかった」

 まるで、胸を抉られるような声の響きだった。
 心が悲鳴を上げ叫び、泣いているような。
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