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令嬢は元暗殺者に恋をする
第33章 ハルの過去
ハルがどんな表情をしているのか、抱きしめられたままではわからない。
ああ……だからこうして私を抱きしめたのね。
つらい表情を私に見られたくなかったから。
ハル……。
サラはぎゅっとハルを抱きしめ返した。
「……そこで暮らした数年間は、ただつらくて苦しいばかりだった。それでも、大切にしたいと思う女性の存在もあった。けれど……」
ハルは小刻みに肩をふるわせ、サラはその先の言葉を聞くことを恐れるように、ハルの胸にしがみついた。
「目の前で殺された。俺は何もすることができず、泣くことも許されず、手を差し伸べることもできず、ただ呆然と彼女たちが息絶えていくのを見ているしかなかった。回りのやつらと同じように人としての感情を捨てていれば、あんな悲しい思いをすることもなかった。それ以来、もう二度と特別な存在となる者は作らないと決めた。だから、あんたの気持ちを受け入れるつもりはなかった」
ハルはそれっきり口をつぐんでしまった。
何も言えなかった。
かける言葉が見当たらなかった。
ハルのいた世界とはどんな世界だったのかと、尋ねることすらできなかった。
ただ……。
とても、心が不安定なのだわ。
過去の辛い出来事を解き放つことができなくて、今もどうしたらいいのかわからずに迷っている。
ねえ、ハル。
ずっと、そんな思いを抱えてきたの?
ひとりでずっと……。
海を隔てた遥か遠い北の大陸。
地図の上だけしか知らない異国の地。
その地にハルの幸せはなかったというの。
目の奥が熱くなり、涙をこらえるよう唇をきつく噛みしめたその時、突然、目の前がぐらりと揺らいだ。
不意に、足下が沈み落ちていく感覚を覚えたからだ。
まるでどろりとした深い闇に足を絡まれ捕らわれていくような。
俺の心に踏み込んでくる覚悟が、本当にあるのか?
以前、ハルに言われた言葉が脳裏を過ぎった。
ハルの抱える心の闇に引きずられていく。
サラは心の中でいいえ、と強く否定した。
私までその闇に捕らわれ落ちてしまってどうするの。
おそらく、ハルが今私に語ってくれたことは、ほんの一部でしかないはず。
ハルはもっと凄絶な何かを抱えている。けれど、それを知ってしまった瞬間から、自分はその何かから逃れられないとも感じた。
ああ……だからこうして私を抱きしめたのね。
つらい表情を私に見られたくなかったから。
ハル……。
サラはぎゅっとハルを抱きしめ返した。
「……そこで暮らした数年間は、ただつらくて苦しいばかりだった。それでも、大切にしたいと思う女性の存在もあった。けれど……」
ハルは小刻みに肩をふるわせ、サラはその先の言葉を聞くことを恐れるように、ハルの胸にしがみついた。
「目の前で殺された。俺は何もすることができず、泣くことも許されず、手を差し伸べることもできず、ただ呆然と彼女たちが息絶えていくのを見ているしかなかった。回りのやつらと同じように人としての感情を捨てていれば、あんな悲しい思いをすることもなかった。それ以来、もう二度と特別な存在となる者は作らないと決めた。だから、あんたの気持ちを受け入れるつもりはなかった」
ハルはそれっきり口をつぐんでしまった。
何も言えなかった。
かける言葉が見当たらなかった。
ハルのいた世界とはどんな世界だったのかと、尋ねることすらできなかった。
ただ……。
とても、心が不安定なのだわ。
過去の辛い出来事を解き放つことができなくて、今もどうしたらいいのかわからずに迷っている。
ねえ、ハル。
ずっと、そんな思いを抱えてきたの?
ひとりでずっと……。
海を隔てた遥か遠い北の大陸。
地図の上だけしか知らない異国の地。
その地にハルの幸せはなかったというの。
目の奥が熱くなり、涙をこらえるよう唇をきつく噛みしめたその時、突然、目の前がぐらりと揺らいだ。
不意に、足下が沈み落ちていく感覚を覚えたからだ。
まるでどろりとした深い闇に足を絡まれ捕らわれていくような。
俺の心に踏み込んでくる覚悟が、本当にあるのか?
以前、ハルに言われた言葉が脳裏を過ぎった。
ハルの抱える心の闇に引きずられていく。
サラは心の中でいいえ、と強く否定した。
私までその闇に捕らわれ落ちてしまってどうするの。
おそらく、ハルが今私に語ってくれたことは、ほんの一部でしかないはず。
ハルはもっと凄絶な何かを抱えている。けれど、それを知ってしまった瞬間から、自分はその何かから逃れられないとも感じた。

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